携帯サイトはこちら Wings of Healing-靈氣、FAP、オーラソーマ、タッチフォーヘルス、マジック-


ご予約前に相談可
京都市東山区三十三間堂近く
9:30-17:00/21:40-24:00
TOP Page セッション ワークショップ ご来店案内 予定表 ご予約 相談・お問合せ
  セッション
  ワークショップ
   靈氣伝授
   魔女術
   西洋占星術
   タッチフォーヘルス
   ハーブ療法クラス
   その他
  願望達成と占い
  お守り・念珠作成
  魔女術グッズ販売★
  魔術用品販売
 





予定表 / ご予約
Blog~桜色の日々
 ご相談・お問合せ
無料ヒーリング
癒しスタジアム出展
お勧めの書籍
分割払い/出張
特商法表示義務事項
プライバシーポリシー
会社概要
 プラネタリーアワー
 
携帯サイトはこちら
経済的に不安な方へ
 癒しの体験談・ドキュメント
2010年5月29日(このときすでに6回目)

(1)前回からの変化や気付き、セッション時のご自分の状態や状況
前回のセッション後から、「自分に必要以上に厳しくしている」ことに気が付き、しばらく
そのことについて考えておりました。すると、セッションの2日前に「私は私の事を醜いとみなしている」ことの理解と実感がやってきて、しばらく涙が止まらなくなってしまいました。

私は、私を「醜い」と思っているのですが、それはまるで「空は青い」のと同じように
当然のことで、あたりまえの「事実」だと認識しているようなのです。
(醜い=容姿だけでなく、内面や考え方等、私という存在全てが誰よりも格下で卑しい
ものであるという表れ)
そしてこの「視点」は、私の潜在意識のなかに根付いているものであり、表層意識がとる全ての思考・行動をひそかに検閲し矯正しているもののようなのです。
さらに、「醜い」と検閲する私と同時に、「そんなことはない」と反発する自我も存在していることを発見しました。

つまりは、自分の中で正反対の価値観が常に戦っている状態だったのです。

セッション当日までに、この気付きについてもっと掘り下げたかったのですが日を追うごとに深く思考することが難しくなっていきました。このことについて考えると、感情的な反発ばかりがでてきて思考がまとまらなくなるのです。


(2)セッション時に思ったことや感じたことや心に残ったやりとり

今回のセッションは、これまでのなかで一番しんどいセッションとなりました。
喉から胸のあたりにかけてモヤモヤした気持ち悪い感覚があるのと、
記憶が伴わない複合的な感情だけが立ち上ってくるせいで涙が止まらず、とても疲れました。
(複合的な感情:言葉になる前の感情。恐れ、怒り、不安、悲哀、やるせなさ、無力感、全ての混沌) なぜか額に手をあてていたくなったので、ずっと手を当てていました。
「おびえていなければ」「馬鹿にされていなければ」というキーワードは毎回よくでるのですが、
これこそ「醜い」と規定する私が検閲した結果なのかもと思いました。

しばらくたち、涙もすこし落ち着いたころに「今どういう感じですか?」と尋ねられたので、
ずっと涙が止まらず、胸元にモヤモヤした感覚があったことを伝えました。
胸のモヤモヤした感覚に焦点をあて、セッションを再開したのですが、
ここで急に反応がでなくなってしまったようでした。
いろいろと手を尽くしてもらいましたが、結局、私の脳がこれ以上深く解放すると
耐えきれないのだろうということになり、他に気になるところを施術してもらった後、
今回のセッションは終了となりました。



(3)セッション3日後くらいに何か変化や気付きがあれば

セッション後すぐ、お腹が少し痛くなってきました。頭の両サイドから後頭部にかけて
締め付けるような痛みもでてきました。
頭痛はその日のうちに治まったのですが、お腹の調子はまだ良くありません。
セッションによって自覚のでた葛藤が、そのまま体の症状となって表れているように感じています。
夜、否定的な感情の動きだけが思い出されて辛く泣くこともあったのですが、数日のうちに
治まりました。(しんどいので、見なくなっただけかもしれないですが・・・)

「否定的な自我」の存在をはっきり認めてセッションを受けたおかげで、
セッション前にはしんどかった深い考察も少しずつですができるようになってきました。
そのため「途中経過の不完全な状態が我慢できずすぐに結果を求めたがる」ところや、
「自分がやりたいことでも、なかなか実行に移せずしめんどうに感じることがある」など、
あらゆる不都合の背景には、否定的な自我とそれに抵抗する自我の葛藤が存在していることに
気付くことができました。

また、FAPセッションを3回程受けたあたりから、すっきりしない鬱っぽい状態が
続いていたのですが、「否定的な自我を持たざるを得ない状況にさせられたことに対する怒り」が溜っているためだと指摘されました。
そのため、当初は「否定的な自我」に対する怒りばかりが自覚されたのですが、良く考えてみると、この「否定的な自我」によって、過去の私は守られてきたはずなのだということにふと気付きました。
何の理由もなく、こんな人格が生まれるはずがない。
そう気づいてから、怒りは軽くなったように思います。

次のセッションまでの間に、少しでも「否定的な自我」の存在理由を理解できたら・・・と、
今は思っています。
○△▽□